京林の歴史   - 京林は今年で創業418年目を迎えました-

京林の歴史
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京林は安土桃山時代、京の地で創業しました。その昔、政治の”核”として重きをなしていた京は、経済が繁栄し、あらゆる文化が集中的に振興していました。そうした環境の中で育ち、更に磨きをかけたいと考えた初代林蔵は、「染には良質な絹が必要」とこれを求めて、当時養蚕業の盛んであった東国・上州の地に足を運んだといわれています。林蔵がどの道を辿ったのか知るすべもありませんが、まだ戦国の世、暗然たる時代だったこと考えれば、ロマンを求めての旅であったといえます。

 

 

 

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明治から大正にかけて、国内外から染の技法を駆使した京屋林蔵の着物は、市場から高い評価を受けることになります。そして、十六代京屋林蔵(本名:向井正太郎)の時代に入ると、昭和七年に法人化し株式会社京林を設立しました。当時の着物は、大衆化を図って化学染料使用や機械化導入で量産する方向になびいていた時代。しかしながら、所詮絹の本質が生かせず、昔のように草木を使った染めが一番で、その頃流行っていたドイツの化学染料を使ってはみたが「量産は品質を落とすだけ」とやめた経緯があります。

高碕での発展space_300x50

 

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戦時挙国一致の時代では、着物は贅沢品として製造・販売が禁止されます。これにより京林も長引く業績不振なり、当主である十六代京屋林蔵・正太郎は、職人の技術が衰退することを何よりも恐れたといいます。技術の継承に関わる老舗ブランドを守るため、職人たちの持てるすべてを注ぎ込んだ着物作りがなされました。

戦後、急速な経済発展を遂げる日本。染め工房のあった高崎市の元紺屋町では清水を求めるのが困難になり、十七代京屋林蔵・正次は井野川の流れる高崎郊外に本社・染め工房を移転。加えて販売・営業の拠点として、軽井沢と東京・銀座に店舗を構えました。

時代は平成に入り、着物を取り巻く環境も大きく変化してきました。1998年(平成10年)、京林は創業400年を迎えました。そして、間もなく創業420周年を迎えようとしています。これからもお客様のニーズに応える意匠や文様を日々創作してまいります。

戦後から平成へspace_300x50

 

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京林の代々当主が、そして我が国日本が脈々として受け継いできた着物産業を、次世代に託す希望となるために日々研鑽精進してきました。特に伝統の染め・絞り技巧で創作される「辻が花」を今後も継承しつつ、新たな時代にお客様のニーズにお応えできる、企画力・技術力に磨きをかけて、最高の着物をご提供できるよう努めてまいります。

高碕工房の様子space_300x50